なべ底不況
1954年から1957年まで続いた神武景気の後の1957年から1958年にかけて起こった不況のことで、政府・日銀が国際収支改善のため金融引き締め策をとり、産業界は操業短縮により在庫調整をおこなったことによる内需不振が原因であり、1958年度経済白書の「不況は中華鍋の底をはう形で長期化する」という見解から、なべ底不況と命名された。
しかし、国内消費の高まりと1958年から3回にわたって実施した公定歩合の引き下げによって、日本経済は1958年後半から岩戸景気に移行した。
1954年から1957年まで続いた神武景気の後の1957年から1958年にかけて起こった不況のことで、政府・日銀が国際収支改善のため金融引き締め策をとり、産業界は操業短縮により在庫調整をおこなったことによる内需不振が原因であり、1958年度経済白書の「不況は中華鍋の底をはう形で長期化する」という見解から、なべ底不況と命名された。
しかし、国内消費の高まりと1958年から3回にわたって実施した公定歩合の引き下げによって、日本経済は1958年後半から岩戸景気に移行した。